ファイテンの効果

ファイテン活用法
02 /11 2007
今回は身内(父)に起こった少し衝撃的な内容です。

ファイテンファンや関係者の方には少し申し訳ない気もしますが、脚色を加えず、事実を元にお話します。


先週の日曜日(2007年2月4日)このブログを書いている最中(ちょうど別府大分毎日マラソンが終わって、しばらく経った頃)でした。


その頃、姫路の香寺から初めて来たお客さん(お子さん連れの3人家族)の接客を父がしており、父にまかして、私はパソコンに向かっていました。


すると、そのお客さん(奥さん)が私に

「倒れて、様子がおかしいんですけど」

と声をかけてきました。


私はその旦那さんかお子さんに何かがあったのか?

と一瞬心配し、その場に行ってみると


父がよだれを垂らし、意識が朦朧とした状態で椅子の上でよろけそうになっていました。


しかし、


「大丈夫や、大丈夫や、何ともない!」

と言いながら、そのお客さんにラクワネックの説明をしようとして、立ち上がろうとすると、左側によろけて倒れそうになりました。


その言葉もろれつが回らず、また左口角より、よだれが垂れてきていました。



脳梗塞です。



その場をお客さんにまかせ、すぐに救急車を呼んで、その後、隣の自宅にいた元義理の母(現在パートとして手伝いにきてくれています)を呼んで対応しました。

救急車には元義理の母に付き添ってもらい、私は店に残りました。

TIA(一過性虚血発作)であればいいんだが・・・」

実は父は4年前にも脳梗塞を起こしています。(正確にはもっと過去にも軽い脳梗塞をおこしていたようです)

その頃ちょうど、父はこのファイテンショップ加古川店を立ち上げる直前で色々と慌しい頃で、私は父だけでは無理だと判断し、治療院を退職し、神戸から自宅の加古川に戻ってきていた頃でした。


その時は父が朝起きてから、目がおかしいと言い(目の焦点が合わない)、頭が痛いという症状から眼科ではなく、電話帳で脳神経科のある病院を探し、車で近くの小さな病院に連れて行きました。

すると

「脳梗塞です、即入院です!」

ということで、その病院の先生からMRIなど完備してあり、入院もできる病院を紹介してもらうことになりました、先輩もいるということもあって、状況を電話で話してもらうことになり、その間に救急車を呼ばず、車で送ることになりました。

その日は土曜日でちょうど大きな病院に着いた頃は外来の診療も終わり、午前中に最初に行った病院の先生が電話をかけてくれた御蔭で、専門の先生がすぐに対応してくれました。

翌日には頭の痛みも目の症状もなくなり、その時も本人は

「もう大丈夫や」

と言い帰ろうしましたが、病院の薦めもあり、私達の心配もあることから、2週間ほど入院してもらうことになりました。



その時の父の体験として、

「その入院となった初日、たまたま持っていたファイテンのeウォーターを首、頭に塗ったら、痛みがスーッと引いて、そのまま寝て、翌日起きたら、目の症状も治ってしまった。」


これが良かったのか?悪かったのか?


確かに私自身も一番最初にファイテンの商品効果を実感したのは同じように、eウォーターを首筋に塗ることによって、頭痛がウソのように消えてしまい、
驚いたことでした。


(私の場合20歳の頃右耳の聴力を失ってから、頭を使い過ぎると頭の右側に痛みが出ることが多かったんですが、その体験もありラクワネックをつけてから同じような痛みに悩まされることが激減しました、でも右耳の聴力が戻ったわけではありません)

それまで知人や患者さんにファイテンのテープを使い、肩こりが凄く楽になったり、腰痛が楽になったりした体験はありましたが、自分自身は元々肩こりは少なく、腰痛は運動療法が最適だという考えがあったので、私自身の実感としてはあまり効果に確信を持っていませんでした。

正直、「ほんまにそんなに効くの・・・?」

それを覆したのがその頭痛が消えた時でした。

さっきまであれだけ痛かったのが・・・


だから、親父が話していた痛みがスーッと消えた内容も本当だったと思うし、そういう効果があると思います。

ただ治っているかは別問題です・・・

ただ一つ言えることは、その時、父は非常に運が良かったのです。


運が良かったことを挙げていくと

・私が帰ってきていた
・土曜日の朝発症し午前中に診療
・病院の紹介(電話連絡)で大きな病院に転送
・紹介した先生と紹介された先生が親しい間柄
・土曜日の午前の外来が終わった直後に専門医による診断と治療開始
・元々軽度(TIA、一過性脳虚血の可能性?しかし場所的には脳幹部に近く完全に梗塞を起こすと危険な場所とも聞いていました)
・ファイテンの効果
・翌日が合気道の昇級昇段審査、特別稽古(当日であれば無理をして参加、また普段通りであれば、自宅にて安静のみになっていた可能性あり)


そのような運が重なりあったことでした。


元々父は血圧も高く、頑固で、私や兄など若い者にはまかせられない、負けられない、といった性格でした。


その時のことがきっかけで、大人しい性格になれば・・・と考えていたし、そうならなければいけない運命だったのでしょう。


以前このブログでもお話した場所には神様の言葉が出る先生がいます。

ここから先はそういう話が嫌いな人は読まない、もしくは読み捨てて下さい。

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別府大分毎日マラソン 藤田敦選手おめでとう!

ファイテン裏情報
02 /04 2007
前回情報がかなり遅れましたので、今回は最新情報です。

先ほど、別府大分毎日マラソン で藤田敦選手(富士通)が優勝しました。

おめでとうございます!

あのオレンジ色のネックレス。


販売はしてませんが、一昨年、藤田選手用に作ったラクワネックエアーです。



ちょうど、Qちゃんが東京国際女子マラソンで復活を遂げた年ですね。

その時同じように復活を目指していたのが藤田敦選手でした。


藤田選手は24歳という若さで2000年に福岡国際マラソンで2:06:51という当時の日本記録を出した後、坐骨神経痛などの影響もあり、結果を残すことができず、一昨年は復活の兆しを見せた走りで3位入賞。

そして昨年末12月3日の福岡では期待されながら、8位という不本意な結果に終わりました。

しかし、それから2ヶ月というフルマラソンではありえない短いスパンで今回のマラソンに挑みました。


本人自身、「予想外の優勝!」といっていたように、今回のレースは凄い自信になったんではないでしょうか?

これで、今年の夏行われる世界選手権代表の有力候補になりました。

http://www.mainichi-jigyoubu.jp/betsudai/runner/index11.html


それとやはりこちらは情報遅れですが・・・

「北京オリンピック出場を一番の目標と考え、来月の名古屋国際女子マラソンへの出場はしないことに決めました。長いスパンで一から身体の改善をし、今までの総決算として北京オリンピック最終予選会に全力で臨みます」。

                            高橋尚子

西嶋 盛彦

若い頃、達人を目指していましたが、今は億万長者へまっしぐら

莫大な富を築いた後に冨の再分配を行い、世界から貧困問題を解決すべく活動しています。